東京都北区N事務所の庭
静かな竹林からしみ出す雫が
流れをつくりだす和風の苔庭
四方竹の竹林を生かしつつ、たおやかに流れる渓流を石や苔で表現した苔庭
施工して3年目とは思えないほど、味わいがある東京都北区のN事務所の苔庭。由緒ある家を事務所にリフォームする際、庭も一緒につくることになりました。もともとここには、四方竹という筒が四角い形の珍しい竹の竹林がありました。その貴重な竹林をできるだけ生かしながら、「流れ」のある庭をつくることになりました。
実際の竹林に「流れ」があることはほとんどありません。ですので、「竹林に似合う流れ」というのがこの庭のテーマでした。もともと築山で小高くなっていた場所を山に見立てたうえで、山の上の方の水がぽたぽたと自然にあわさって湧き出る清水をイメージして、岩の隙間からしみ出すように水を流しています。灯籠は、竹林に馴染むように、デザインが主張しすぎない、雪見灯篭(ゆきみとうろう)を選びました。
「流れ」を表現するための石組みに用いたのは、秋田と山形の境にある鳥海山から産出される鳥海石(ちょうかいせき)です。この庭のために鳥海山まで足を運び、イメージに合う石を自ら選んできました。クレーンが使えなかったので、人力で運び込む作業が大変でした。この石の特徴は多孔質で水を含みやすいこと。そのため、苔が付着しやすいのです。環境が合えば、苔は自然と生え、増えていきます。この鳥海石のおかげで、最初に植えた苔(ジゴケやミズゴケ)は、施工後間もないうちから、何十年も時を経たかのような味わいを庭にもたらしてくれています。
実は、打ち合わせの後、社長の本箱に並んでいた開高 健の本に話が及びました。開高 健は、釣師としても知られ、「オーパ!」「フィッシュ・オン」など釣りをテーマにした作品も多数残した作家です。社長も釣り好きなことが判明し、私も愛する北海道の渓流釣りの話で盛り上がりました。社長とは今もお酒を飲みかわす仲です。だから、この苔庭の流れには、北海道の渓流の雰囲気も感じられるようにデザインしました。それも、竹林に合うように、荒々しい感じの流れではなく、おだやかでしっとりとした流れをイメージしています。
竹林の静けさ、せせらぎの音…、いつ来ても、心が洗われるような庭に仕上がりました。